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買おうぜプロレスの向こう側

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2002.03.09

NOAH小橋健太選手トークショー

NOAH小橋健太選手トークショー

以下、テキストにおこしたものです。

-会場到着まで-
帰ってきた応募用往復ハガキによると16:00開場、サイン会~17:00~トークショーとの流れらしいので一時間前の15:00に単車にて会場回りを一周、コンビニの位置を確認してバイクを近くに駐車。

一旦会場まで行きますと、既に並んでいる人が数人居ます。とりあえず持ってくるのを忘れたサイン用マジックを入手しにコンビニまで・・・と思い大通りにでると目の前を同じ入場用ハガキを持った女性二人が通り過ぎて行きます。まぁ、ノアジャンパー・ノアキャップを装着済みの「オタッキーな奴です」の姿で女性に話かけるのも何ですし・・・と思ってましたが、近くのコンビニの大通りの信号をさらに横断してしまいます。既に並んでる人もいるのに迷って遅れたら可哀想なんで、ナンパな奴と思われるのは癪ですが「フェイムはアッチですよ」と教えてあげる事に・・・しまった、マジック買う分私の方が順番後になってしまう。まぁいいか、困ってる人を見たら助けなければ漢(オトコ)じゃない。(注意:見えない所や手の届かない所で困ってる人が居ても知った事じゃない←Thisiscool)結局私は十数番目くらいに並びました。西永レフェリーが入口でテキパキ手筈を整えておられるようでした。

 -小橋選手到着-
予定の時間?より三十分ほど送れて小橋選手到着。既に行列は数十人に膨れ上がってます。しばらくして会場に列ごと入って行き、入場テーマが流れる中サイン会(一人一つ)の開始です。会場の椅子を数えてみると140~位の数で、入場料金(一般:1500会員1000)で20万円くらいかかな・・・グッズ売上考えてもあまり儲けるのを目的じゃないな、と感じさせます。私は荷物が多かったので端に陣取る為前から四列目左端の椅子を確保。サムライでも来てるのかな?と思い回りを見渡しますがテレビカメラはきてませんでした。全員のサインが終わると時間は17:30頃になり、ようやくトークショー開始。

 -トークショー開始-  「」 内が小橋選手の言葉です。
(雰囲気を大事にしたいので小橋選手の言葉は一字一句、口癖もできるだけ入れております。)

さぁ拍手でお迎えください、と小橋選手入場して来るなり「え~音楽ストップ。もういいから。さっきからいるんだから」「えー皆様、こんにちは。え~今日は試合は出れなくなりましたがこうして皆様来てくれるということで今日は来ました。え~短い時間ですが、今日は楽しく、よろしくお願いします」

・大阪はいつ以来でしょうか・・一月の試合以来でしょうか「そうですね」大阪の感想は久しぶり?「今久々にサイン書きながら大阪弁聞いて懐かしいなと、ええ」まぁ駅から直行ですからね別に感想も特にないでしょう。「そうですね、はい」

・それでは一番ファンの方々が気になさっている部分だと思いますので現在の膝の状態を・・「そうですねえ~まぁあの~医者に言われたのが前十字じん帯不完全断裂、全治四ヶ月と言われまして、試合の翌日に東京スポーツが一緒に・・試合の翌日を取材したいからどっかで逢えないか?ということで僕もそんなにね痛いのは痛いんだけどそんな状態じゃないだろうと思っててじゃぁ病院に行くからいいよと言ったんですよ。そしたら七時間も検査受けて結局、東京スポーツの恰好のネタになってしまって(会場笑)だから先生にね、あの~全治どれぐらいですか?って聞いて、四ヶ月、で本当はどれくらいですか?、四ヶ月、僕の中では二週間か三週間くらい言って欲しくて、どれくらいですか?、四ヶ月、どれくらいですか?、だから四ヶ月って言ってるだろ!(会場笑)、と怒られまして・・まぁあのじゃぁ四ヶ月しょうがないな~とあきらめましたけれど以上!」

・で、自分自身の中ではだいたいいつ頃を復帰の目処に考えています?「まぁあの~じん帯なんで、じん帯が伸びて切れてる状態なんで、ところどころ切れてる状態なんで、まぁこの間リハビリやった状態でもやはり膝がこう~なんていうんですか、しっかりしてなくてこう~ゆるいゆるくて切れてる状態なんでと言われたんで~あの~切れてると言っても(完全)断裂じゃないんであの~様子を見ながら復帰の時期を考えたいなと思っています。」

・では今の所は何月という具体的な事は考えていない、「ん~まぁ医師と・・主治医と相談して決めて行きたいなと思っています。まぁもし切れたら一年以上はまたかかるんじゃないかと・・まぁ本来ならばすぐ入院してもらいたい、と入院して本当は内視鏡で一回中を開けてどういう状態か見てみたいという話だったんですけど、一年以上も休んでそういうのをみてるから俺の口からはそういうのは言えない、ということで、手術しない方向で行こうと・・ただもし出て、また同じような衝撃がきたら今度は切れるかもしれないよと・・切れた場合は一年はもう覚悟てくれよ、と言われたんで、そういう話をしててまぁじゃぁ治るまでは止めようという話になりました」

・ファンの皆様が知りたいのはやはり空白の一年だったと思いますんで、まず欠場を決意した理由というのは・・・「そうですねまぁこの状態でやっても自分のプロレスというのはできなくなってきたんで、これ以上はチョット苦しいと自分でも思ってきたので、もし手術して良くなればまたこれまで以上に出来るんじゃないかということで、それまで相当な決心がいりましたけれどまぁ手術しようという気持ちに、色々まぁ主治医とも相談したりとか・・そのままおいていても治る物でもないんで、軟骨とか骨というのは再生はしないんで、このままおいててもまぁ無理だと・・手術しないと無理だと言われたんで、最初診断受けたときにまぁあの~人工関節にするかとかという具体的な事を言われたんでまぁそれだけはやっちゃうともうプロレス出来なくなってしまうんでチョットそれは勘弁して欲しいという話で・・」

・ただそれまでは(後の)試合はとにかく休まないと仰ってましたけれど、それを決断するまでは葛藤があったんじゃないですか?「あのね昔~十何年前ですけれどあの試合前にリングで練習してたんですよ。あの~その時にえ~空中でちょっとバランスを崩しまして練習の時に膝を強打しまして、チョット動けなくなったんですよ。その時にあの~まぁその怪我を隠してたんですけど、馬場さんに見つかりましてえ~今日はもう・・歩けないのを見て、今日はもう休めと言われたんですけど、イヤ出ます、休め、イヤ出ます、休めって、イヤ出ます、俺が休めって言ってるんだから休めコノヤロー、って最後に怒られまして、そこでね説教をされたんですよ。今のお前は若手の時分は、休んでも構わないんだよ、休めるんだよ、でもお前がトップになったら休みたくても休めなくなるんだよ、って事を言われたんです。まぁそれは俺も経験してきてるし、俺は怪我しても休めなくかったし休まないんではなくて休めないんだよそれは。と、言われた時にそれはトップっていうのはそれだけ責任を持ってやんなくちゃイケナイ事なんだなっと、そういうことをヤッパリ心にそういう話が響いたんで、あぁそうなんだトップというのはそういう責任があるんだと、そういう簡単な物じゃないんだと色々まぁその時思ったんで、その時は素直に休まして貰ったんですけど、まぁそれ以降、腕切ろうが顔切ろうが何しようが絶対休まないという気持ちでやってきましたし、まぁ腕を~ハンセンとやった時に22針縫った時もあの~その病院行った時必ず、次の所に行ったら必ず消毒しに病院に行ってください言われたんですけど。で必ず行ったんですけど行く毎に針(糸)がねぇ1本2本と取れていくんですよ。まぁでも自分の中でその時も思ったのはまぁどうせもし切れりゃぁ~また、糸がね外れたらまた縫いなおしゃぁいいやというような気持ちしかなかったんで別に顔切った時もまた1針2針と取れていったんですけど、またやればいいや縫えばいいやという気持ちしかなかったんでまぁそれ以上に休むという事は僕にとってキツかったんで、休む・・まぁ休むって事は絶対しなかったですね。」

・そこまで思っていたものを欠場に踏み切ったというのはもうプロレスが出来なくなると人工関節になっちゃたらプロレスができないという医者の言葉が重かった?「イヤそれよりもヤッパリ自分の思っているプロレスというのが出来なくなってきたというのが自分にとって葛藤ですよね。ん~だからこのままリングに上がっていんだろうか?っていうのと、ン~いやでも休む訳にいかないって言うのと、あの~自分の気持ちの中で凄い悩んだんですね。でもこのままやってたらやっぱり応援してくれてる人もやっぱりなんだこんなモノかと思われても動けない自分に凄く腹が立ってどうしようかなと、本当はもぅこのままやりたいという気持ちが強かったんですけど、このままこれ以上やっても難しいなと、自分のプロレスが出来ないと、いう所に気持ちが行った時にじゃぁ手術しようとまぁ日常生活・・あの~逆にリングに上がる時は、結構あの気持ちがアドレナリンが出てきて、あの痛み止めはめあんまり効かなかったんですけども結構こう出来たんですけど、動けたんですけど、日常の生活というのが本当にあの動けない状態だったんで、逆に日常生活ができなかった位で、まぁそれがもうだんだんリング上でも出来なくなってきたという事で、もうこれはダメだと言うことで、まぁ決心しました。」

・で最後の試合が1/18日後楽園ホール19日病院へ検査へ行き21日に入院、で最初の手術したのが22日、ここまでパタパタといったんですが、自分自身の中ではどう考えてらしたんですか?「ん~最初の手術した時に、まだ全身麻酔であのなんていうんですか寝てる状態だったんですけど、丁度覚める頃にあの僕の主治医が佐々木先生がきてくれて、どうや~?ってきてくれて。俺はもう自分の中ではこれで手術はもう全部終わったんだと思ってて大丈夫です、とか言っててだから膝とか全然みてないんです。俺はもう寝てる状態なんで。で、今日肘の手術したから~で今度はいつする?って言われて、今度水曜日か木曜日・火曜水曜どっちか忘れたけどどっちかを言えって言われて、えぇ何でですか?って、もう手術終わったじゃないですか。って言ったら、まだ終わってないよ、今日肘が終わっただけだよって言われて、んでじゃ~早いほうでお願いしますって言ったら今度は右の膝をやって。その次~が左(膝)、んでまたもう一回右(膝)やったんですよ。」以前、鼻を折ったときと膝、ノア旗揚げ前ですね手術してますけど、その時も全身麻酔はしたんですか?「ええ、全身麻酔して」そん時もしてる。じゃぁ馴れッコですね。「う~んだからね最後の手術は・・なんか運ばれてるのは分かってるんですよ、だから、だんだん・だんだん、効かなくなってきてるのかな~って思って。」全身麻酔は完全に意識ないんでしょ?「無いです。やってるときは。ただねぇ最後の手術の方はねぇ運ばれてるのが分かるんですよ。自分運ばれてるんだなぁっていうのが。これ手術やってる時に目が覚めたらどうしようかなって」(会場笑)

・で、最初の手術をして立て続けに三回、四度目まで、二度目が1/24三度目が1/27ちょっと間置いて四度目は3/18日にやったわけですけど、その頃の病院での様子っていうかエピソードなんかありますか?「いや別にエピソードってのは無いですけどね、まぁ普通の入院患者と同じですから。そんな悪いこともしませんし。」まぁ最初の頃は車椅子だったじゃないですか。松葉杖もつけない状態で、今までそういう経験は無かったと思うんですけど。「ん~だからね車椅子~で行動するっていうのがね、もう本当にまぁ最初ねぇ動かなかったんですよ車椅子が。おかしいな~って思って、看護婦さんこれ動かないよ~って話したら、パンクしてるのに動くわけないじゃん。っていわれて(会場笑)車椅子のタイヤがパンクしてて・・。」小橋選手が乗る前はクしてなかった?「してなかった(会場笑)。」やっぱり体重で・・「そう。・・せっかく乗ったのにまた上あがれって言われてね。あのね行動するのが凄い大変なんですよ一回一回・・一回座るともう、上にあがるのが大変でみんなに手伝って貰わないとイケナイんでね・・それで困ったのがねあの~松葉杖つく時にね・・こうのど~しても上手くつけなくて・・でも覚えたら早くて(看護婦に)覚えるの早いね~って言われて(会場笑)もぉ本当子供扱いされますからね看護婦さんが・・ええ。」もう恥ずかしい事無いって言ってましたもんね。あの頃ね「ん~あんまり恥ずかしい・・(照れ笑い)恥ずかしがっててもしょうがないからね。」

・まぁちなみにあの言っていいのかわかんないですけど某団体の女子レスラーも一緒に入院してましたけど「ねぇ」お話してみてどうでしたか?「イヤこの間も遇ってン~病院で遇って・・まぁ頑張って欲しいですね早く・・。」無難なコメントですね・・え~で、三度目の手術終わってダンベルを持ち込みましたが・・そのダンベルを持ち込んだ理由は何でしょう?「イヤあの肘の~ね手術をしたんでそれからマ早くリハビリ言うか少し動かしていかないと硬くなるよって言われたんで、マ少しずつ動かそうかな~と思って・・ダンベルを持ってきて欲しいという話をしました。」ソレは医者の許可を得ていたんですか?「もちろん!(あまりの即答・断言に会場笑)」え~実際やってみていかがですか?「ん~」腕をこう・・ゆっくり動かす分には、こう・・あんまり重くなくてイイんですけど、なんかこ~動かしてると他の部分もこ~動かしたいなという気になってきて、やる、やろうとするんですけど、なんか病院だと気分が乗らないって言うか(会場笑)なんかこうダメだったですね。」(ここで後ろの人のためマイクを交換)「後ろ聞こえますか~?」え~で、まぁ、全く最初の頃は動けなかったんですよね?「あのね、腰から骨盤から骨移植したんですよ。それでね寝返りも打てない状態で、もう本当に痛くて・・ま膝も痛いんですけど・・こっちのこの骨盤から移植した部分の所が痛くて、もう寝返り打てないし横になりたいし、腰がず~っと同じ状態で、もう看護婦さん呼んで痛み止め~頂戴って言って痛み止めばかり飲んでましたね。・・もうアレがねイヤでもう痛くて・・。」まぁ最初の頃、本当に全然動けないで・・暗い感じだったんですけど・・「ん~基本的には別に暗くは無かったんですけど・・まぁ。」むか~し全日本時代に某選手がコバシは練習さえさせなければ病気になるって言ってましたけど「イヤ・・でも~そんな事も無いし。」無かったんですか?「ん・・。無かった・・。(言いにくいそう」じゃぁ流しましょうねぇコレはね・・・

え~で、実際にまぁリハビリが始まったんですけど、最初に行ったリハビリというのはどういうことやりましたか?「ンとね~最初はこう・・肘をグ~っと、曲げられる・・ン曲がらないんですよ・・曲がんないんですけどこう無理やり関節・・腕折られるかと思いましたよ。女の・・女のリハビリの人だったんですけど・・こう顔みたら形相・・く~っと・・あぁ怖い怖い怖いと思って折られる折られる、と思って、まぁチョットやめてくれって。」(すかさず)イヤ折れないですよ、その腕は・・(会場笑)「でもね顔・・形相見てたら・・何て言うの、・・こう(腕をたたみ手を肩に)つけよう、つけようとする訳ですよ。こう手をね・・付けてやるぞ~って感じで押すんですよ・・。もう痛くてね・・痛いしなんか折れ・・他の骨かなんか欠けたらどうしようと思うぐらいおもいっきり押すんで・・まぁ足の方はあんまりそっちの病院ではリハビリやんなかったんで・・ええ。」で一度病院・・四度目の手術が終わって、3/25にリハビリ施設のある病院に転院した訳ですが、その間一回自宅に戻ってますよね。「そうですね。」その時は久しぶりに戻った我が家はどうでしたか?「ん~あのねぇ誕生日が3/27日なんですよ。だから~それまでになんとか出たいな、と自分で、目標を立てたんですよ。どうしててそこの病院見ててもそんな動けないし、もう早く出たいな~と思ってたんですよ。だから誕生日までに出ていいですか?と先生に無理やり出して貰ったんです。で、あのリハビリの出来る病院に移って・・。」ではそれは先生の指示じゃなくって自分で強引にやった訳ですね?「まぁそうとも言いますね。(会場笑)先生はもうちょっと居なさいと・・言ってたんですけど、でもまぁリハビリの出来る方も病院なんで全部・・全部看護してね、完全看護なんでね、だからそっちの方行きたいなと言う希望を出して行きました。」

・まぁその間6/1退院してる訳ですが、その間約半年あの~実際復帰できるかどうかっていう自分自身でそういう不安みたいな物はありませんでしたか?「ん~最初ね歩くのがまともに歩けなかったんで、どこまでいけるんだろうなっていうのが確かにありましたね。」まぁ普通の生活も当然できないわけですよね?そういう状況で「そうですね。」それで増してや、そこからプロレスラーの体に戻すっていうのはかなり遠い作業だと思うんですけれど・・「まぁそれは本当に・・ん~・・どうなるんだろう?っていうのは確かにありましたけど、まぁそれ以上にまぁ何とかしないといけないなっていうのが・・。」まぁ千羽鶴とかファンのレター沢山頂きましたよね。「ウン本当にね、あの~一杯貰って看護婦さんがビックリしてた。」運ぶのが大変だったんですよ。「ィャ~ねぇ。いつも持ってきてくれた。だってねぇ看護婦さんが、この病室は花屋ができるね~って(会場笑)ソレは看護婦さんのイヤミだろうけど・・(会場笑)・・。」

・その頃~ノアの話題とかは?「あのねぇえ~六時半ぐらいになると新聞のオバちゃんが必ず新聞を持ってきてくれるんですよ。僕が寝ててもニッカンスポーツ置いててくれっつって、スポーツ新聞はニッカンスポーツだけなんですよ。あとねぇ経済新聞とか色々あってね、そんなもん読まないでしょ(会場笑)じゃニッカンスポーツ置いといて、て俺が寝ててもいいから金は後で払うからって・・オバちゃんも二週間に一回は集金に来るんですよ。寝てても起こすんですよ。(会場笑)集金だよ!って、だからニッカンスポーツ読んで必ず出てるじゃないですかプロレス事が・・。」じゃまぁ新聞で知識を得てる?「えぇそうですねあとは~本とか持ってきてくれてそれを見たりはしてました。」

・その頃に凄くハマっていたものがありますよね?言いたくなかったら言わなくていいんですけど「何ハマってたて?」入院するまでやってなかったのに入院してからエラいハマったものあるじゃないですか?「何?」トト「あぁそうですね。トト。」パチンコ行けないですからねぇ入院してると。「いまだにねサッカーはねぇあんまりねぇよくわかんないんですよねぇ」(最前列の女性がペン?を床に落とすのを見てすかさず)「落ちたよ」拾って下さい。(女性「スイマセン」会場笑)「だから~トトね、簡単なもんだろうと思ったらスッゴイ難しい奥が深いねアレは。」でも凄い取ってますよね?「ん~一回ネ110何万か(会場驚)・・」で何に使いました?「ィヤ~いつのまにか無くなった。(会場笑)入院生活が長いとすぐ無くなっちゃう。」そこで貯金です、と言って欲しかったですね。(会場笑)

・でまぁ6/1退院して6/26にノアの事務所にて退院報告会見を行ってますが「ええ」久しぶりにマスコミに囲まれた感想はいかがでしょうか?「そうですね何かこれまでの感覚じゃなくて・・これまであんまり・・それまでがあんまりこう~あのマスコミとちょっと会うというのが無かったんで、なんかこれまでと違う感覚って・・凄い緊張したて言う・・。」まぁ当然そこではまだ、復帰が見えてない状況だった訳ですけど・・「そうですね、まだ復帰できる状態でもないし・・、まぁ普通の生活とか・・ウン・・普通の生活するのがチョットできてきたかなって感じなんで」まぁ今考えてその会見を行った事っていうのは自分自身ではどうだったですかね?よく復帰に向けて・・必ず復帰するぞ!という気持ちなったのか、まぁあの時点ではヤッパあまり出たくなかったなとか「ハッキリ言ってあまり出たくはなかったんですけど、まぁ退院したんだし、まぁあの・・ファンのみんなにちゃんと報告しないといけないといわれて、じゃ判ったと言うことで・・あの~多分そのそれ言われなかったら多分出なかったかもしれない。」

・で、7/27日本武道館に行ってますが、きっかけは当然秋山選手の指名でしたよね?「ええ、まぁ~行きたいっていう気持ちもあったんですけど、ただ一周年だし・・だから~でも~ね、ああいう風にあの~試合を見て欲しいという風に言われたんで・・まぁそういう気持ちが・・気持ちを凄く感じることができたんで、まぁ行きたいっていう気持ちが序々に強くなってきました。」やっぱあの時の挨拶する条件として小橋選手方から自分のテーマ曲は一切使わない事、あと花道は歩かないという風に希望してきた訳ですけども、その理由は?「ウンやっぱり~復帰するぞ!という気持ちがあったんで気持ちがあったというよりそういう気持ちが強かったんで・・もし花道を通るんだったら絶対試合する時に行くぞと・・だから音楽も自分が復帰する時、必ずその自分のテーマ曲で歩くという気持ちがあったんで必ず絶対使わないで欲しいと・・花道も歩きたくないということで、まぁどっちにしろね休んでる自分がやっぱりそこに・・花道を通る訳にはいかないんで、ま、選手たちが今日その日その日試合する選手たちが通ってくれれば、通るべき所だし、試合してない自分が通る所じゃないという気持ちですね。」

・その時に久しぶりにNOAHを見た感想はいかがだったでしょうか?「まぁみんな良くあの~頑張ってたし、ま、刺激にはなりました。」まぁ、あの欠場する前までバーニングという事で力皇選手、菊地選手、小林選手一緒にやってましたが、その時その3選手を見た時その感想はいかがでしたか?「そうですね、あの~僕がね入院した当初、リキと小林が・・あの~WAVE預かりという記事を読んで、まぁ小林はあってるけどリキはなぁ~(会場笑)それに菊地さんはなんで入れて貰えないんだろう(会場爆笑)そこが凄く気になっていたんですよ。だから~まぁねぇリキは、ま、毎日試合こ~結果とか見てもリキが入っているというのにはチョット違和感があって、リキは出た方がいいなぁっていう気持ちがあって、まぁその内リキが出たんで、ぁソッチの方がいいやと。」

・それではW2ができた時はむしろ良かったなって感じですか小橋さん的には?「ン~まぁあの自分がこ~やれる方向ていうか、自分がこう上手くやっていきたいっていう方向に向いてくれたほうが、こ~テーマが無いよりも自分達で頑張って行くんだという、そういう意味で二人組んだんだろうし・・だからそういった意味で目標を持って行けるっていう事ができるんならソッチの方がいい」

・でまぁあそこで大コール大小橋コールが起きた訳ですけど、そこでもう気持ち的にはこう間違いなく戻って来るんだっていう・・「そうですねだから言おうとした言葉をね、忘れちゃいそうになってコールを聞いた時にね・・ヤバイヤバイと思って・・言葉でなかったらどうしようって。」じゃ結果的にはあそこでやっぱ行って良かったんですね。「そうですねまぁ、凄くそういうコールで入って行くことができたんで、自分にとっては励みにはなりましたね。それが一番励みになりましたね。それ以来ね今度は自分のテーマソングで花道をとおっていく・・まぁ武道館とは限定してないですけど、そういう武道館っていう試合を見たんで、武道館の花道を通っていく自分のテーマ曲で、花道を通っていく自分というのをいつも想像してン~と、自分で自己満足してたんですよ。もっとこう音楽を聴きながらね、自分のテーマ曲をず~っと聴いてたんですよ。最後のあの~12月1月とかはソレ聴きながら聴きながら自分でこう連想していくと、凄くこ~なんていうんかな凄くウゥ~って来ちゃうんですよ。こ~自分でそういうのを想像してるとウゥ~とするんですけど、そのねリングに入るまでなんですよ。そう想像してるのは。そしたらね、その武道館の日にこ~スモークが出て、そこから出てきて音楽がなってね、出てきた瞬間にこう、どういう気持ちになるだろうっと思った瞬間にね、なんていうの、なんか目の前にリングがあるから思わずリングを見ちゃったんです。そしたらね、そういう感傷に浸る気分じゃ無くなっちゃって・・ええ、いつも自分の中での想像というのはリングが無いんですよ。花道のあの~花道の一番先までしかなくて、実際の日はまっすぐ先にリングがあるんで、あのあんまりそこまで、感傷に浸るっていう気持ちには・・こうリングを見ちゃうと感傷に浸るっていう気持ちにはなれなかったっていう感じですね。」まぁその時つくづく俺ってプロレスラーだな~って思いました?「イヤそんな事思わないですね。(質問のクサさとそのクサさを嫌って慌てて否定する小橋選手に会場笑)そこにリングがあるなぁ~と、これからやるんだ、とそういう気持ちになりました。」

・まぁその7月行った後に、まぁ今だから言える話ですけど、秋山選手がお~らって勝ち誇ってたんですけど、要は小橋さんが出てくれば絶対大コールになるんだからと、そうすればあの人は今は離れてるけれど絶対戻ってやるぞっと・・一日も早く戻るように努力する人だから、俺の狙ってた通りでしょ?と勝ち誇っていましたよ。「イヤァ戻る気は元々あるよ!(照れたのか否定する小橋選手に会場笑)」いや~モチロンそうですけど~離れてると浦島太郎になっちゃうから・・って言ってましたよ。「あっそ(照れ?に会場笑)」俺の狙ってた通りだ!っと「あっそ(照れ?に会場爆笑)えらいねアイツね。」

(司会者さん存分に照れさせて満足したのか)まぁそれはイイとして、最後の手術ボルト除去の手術ですね9/6に行ってます。「ハイ」そこから当然復帰に向けての本格的なトレーニングに入ったわけだと思うんですが、その頃気持ち的には?「あのね~あの~ボルト除去した時に両足をもう一度検査すると言われて、検査したんですけど、検査して左のほうをちょっとあの~よくない(部)分を取ったんですよ。チョットひっかかりがあったんで。それで~それをしたり左の方があんまり良くなかった、右の方はきれいにまぁ手術としては完璧にしてたらしいんですけど、左の方はどうもあんまり、チョット良くなかったという事でもう一度両足を検査しながらもう一回そういう手術して、それでチョット時間がかかちゃったんです。ン~あの~本当はねぇ三日ぐらい、ボルト除去なんで三日ぐらいで出ようとしたんです。そしたら先生がねぇ、お前三日で出ようとしてるだろって言われて、い~え~って言って、最低一週間~十日は居てもらわないと困るよって言われて、わかりましたって。で一週間して、もう一回そのリハビリの出来る方の病院に行ったんですけど、その病院で今度膝が伸びなくなったんです。」ハイ「あの~別に練習をしたからとかじゃ無くて、こうなんか左膝が伸びなくなって、それでそこで入院がね二週間位体を動かしながら慣らして行こうってハズだったんですけども、一ヶ月近く行くことになってね水がねぇ何回も溜まってきて、もうこれは入院長くしないとダメだと。まぁリハビリできる病院の方も、僕の主治医の後輩の病院なんで全部話が繋がってるんで、まぁそういった意味では楽だったです。」

・一部には練習のし過ぎだという声もあったんですけど。「そんな話は無いですよ。」いやあくまで本人は言われた事しかやってない、と言い張ってましたけど一部選手がその先生から練習小橋選手はし過ぎだからなんとかしてください、って言われたって聞いたんですけど。「イヤ~そんな事は無いですよ。僕はそういう話は聞いてないです。」あの頃もそう言い張ってましたよね。「イヤイヤ~そういう話は本当に無いです。」本当にんですか?「本当に無いです。」無いそうです。

・で12/9有明コロシアム終わって、その後に2/17に決定の会見がありました。「ハイ!」いきなり金髪でした。「そうですね。」その理由は何ですか?「イヤあのねぇ11月に行ったんですよ。あの~美容室に。」ハイ。それはかつていったあのモンチッチ事件と同じ美容室ですか?「イヤ~カリスマ美容師。(会場笑)それで行って、んで~髪の毛染めようかな~って話をしてそしたら、あの~最初色抜くでしょブリージして色抜いた後にどれにしようかな?て、こ~色々な色があるんですよ。」リストですね。「茶色ぐらいでいいのかな~でもね、その人が言うには、茶色はねぇ小橋選手に似合わないよ(東京弁?をマネてますが無理があります笑)とか言われて、あぁそうですか。とそういう話をしててね、じゃぁお任せにしますよ!つって、ウンこの色がイイと思うんだよ~ねって目つぶってパッと見たら金髪になってた。(会場笑)」じゃ金髪になるのは、なるまで知らなかったんですか?「え、イヤだからだいたいその色・・だいたいこの色かな~っていう事を言ってて、まさかこんな真っ金金になるとは思わなくてちょっとこう、茶色も入ったような色かな~と思ってたら見事な金髪だったんで・・」最初それを自分で見た感想は「いや~やっちまったなぁ(会場爆笑)。」

・でも、今振り返って自分自身が結構気に入ってたんじゃないですか?「え?」回りの反応はともかくとして自分自身は気に入ってたんじゃないですか?「・・う~ん少し。(会場笑)」でも試合では黒に戻してましたよね?「ウンやっぱり~戻る時は黒で行こうと。」うん~リングに戻る時は「黒で行きたいなと。」そして何故今パーマ?(会場笑)「これはねぇ三日前・・ゴメン二日前。」その理由は?「二日前・・美容室行って・・」今度は染めないのかって言われなかったんですか?「イヤ・・染めようとは言われなかったんですけど、その前回行った時に、次はパーマですね~って言われて、俺も思わずそうですね~(会場爆笑)って・・」じゃ今後も欠場する度に髪型変わるって事ですね?「ン・・いやそんな事は無いんですけどね。」そのうちモヒカンになるって事はないですか「そういう奇抜な事はしないですけど。だからね、今度はパーマですねって言われた時にそうですねつって、で、行ってすぐこうパーマに取り掛かられました。まずこう洗って・・。」じゃ注文はしてないんですか?「え?」パーマしてくれって注文はしてないんですか?「ウン今度は~こんな感じでやったらどうですか?と言われてパーマのかけ方?こ~ロットで巻くんじゃなくて、こう~言いながら、いいですねぇ~って。」じゃ当日は何も言わないでイキナリそうなったと「そう。あの~美容師さんが言うには今度のコンセプトはワイルド(会場爆笑)前回がこう金髪で今回はワイルドで行こうと。」で出来上がったご自分の感想はいかがでしょうか?「・・・え?(会場笑)」え?じゃなくてぇ「イヤまたこう違う自分でいいんじゃないかな・・。もうねぇやっぱりこう、やれる内は、出来る内はやったほうがいいと。」次やるとしたらなんですかね?「ん~まぁその美容師さんに、お任せしないと自分ではねぇよくわからないんで・・」昔の髪型には戻さない?「昔っていつぐらい昔の?」あの~真ん中だけチョロっとだけ下りてて後は・・(会場笑)「ちょっとなにその言い方~(会場さらに笑)。」でもそういう髪型だった時あるじゃないですか~。「ちょっとチョロって~」真ん中だけちょっとこう下りててあとはこ~「それは多分もう無いんじゃないかな~。」それは(生え際が)危険だって言う事じゃないですよね?「まだ大丈夫だと思う・・(と前髪を触る)」見せても見えないし~「・・まだもうちょっと・・」まぁ髪の話はその辺でにしといて・・・

・でハワイで最終調整を行い復帰戦のカードを自分の希望で決めた訳ですがその理由は?「うん~まぁあの~やれる自信もついてきて、体的にも自信がついてきたんで、ま・その一年の空白を、まぁあの~感じさしてくれるのは、あの二人かなと思ってあの~やりたいと・・三沢さんに電話して、いいよっと。」ま、今、実際試合を終えて・・終わって今あの試合を振り返ってどうですか?「うん~まぁあの~ま、こうやって怪我~してしまったんですけど、まぁ自分としてはやったことに対しては全然後悔もしてないし、試合が出来てよかったなと・・むしろあの三人に感謝してますね。まぁ自分の我がままを聞いてくれたので逆に自分が怪我したことによって迷惑かけたなっと、思います。」

・まぁ復帰戦の時、武道館についてまず最初に何を思いましたか?その7月にきた時は、あくまで試合を観に来た訳じゃないですか、今回は試合をやりに来た訳じゃないですか、やっぱり気持ちに変化はあると思うんですけど「うん~やっぱりその試合をやるぞっと言うのとこ~観に来たっていうのでは全然、やっぱり気持ちの持ち方も違うんで、まぁあの日は全然違いましたね。4月の時とは。」控え室に入って着替えて気持ちの高ぶりっていうのは?「そうっすね・・ん~まぁ・・ただね控え室がいつもと違う所だったんですよ。ん~ちょっと違うなっと。」やりづらかった?「控え室がねぇこ~いつもの所と・・昔から違う場所だったんで、いきなり変えられてもなって言うのが。」いきなり変えられてもなぁって確認したじゃないですか。「あぁそうだっけ?」

・緊張はしました?「いや緊張してないです。」自然体?「うん~緊張・・なんかどうしようとか心臓飛び出るとかそういうような緊張は、あんまりないんで・・」じゃあの入場の時あのイントロが耳に入った時の感想は?「あれねぇ本当はちょっと・・あれなんですよ・・。」あれって何ですか?「青コーナーと赤コーナーあったでしょ俺ほら、全日本の頃から花道って無いでしょ、だから~あの~場所がね判らなくて。」入場の場所?「うんセミファイナル終わった後にガウン着てヨシ!行くぞ~って言ったら、小林とか誰も来てくれないんですよ。誰もいないから、あぁ行かないとしょうがないからって、どうせソコだから来ないんだろうっと思って行ったら・・ばっと開けたら、新日本の若手が居るんです。(会場爆笑)開けた瞬間に、コッチじゃないです。って言われて、どこだよ~?って思ってそしたら、そのセミファイナル終わって時間がチョット経ってきたんですよ。ヤバイヤバイヤバイって思いっきりアセっちゃって、そしたらあの~多聞ちゃんが丁度来て、多聞ちゃんどこ?っつたら、あぁ!コッチじゃないですよアッチですよ、って結構ねぇ走り回されました。」自分の団体であるにも関わらず、他の団体の人に教えてもらった訳ですね?「イヤイヤ多聞ちゃんに教えてもらった。」いや、コッチじゃないって言われたんでしょ・・あぁそれで日本テレビの中継の時に小橋さんが入ってきてるんだけど、既に(入場は小橋選手の次の)社長がスタンバっててた訳ですね。「そう、俺が来た時には三沢さんいつもみたいにこうやって(準備運動)やってて、で~俺が着いた瞬間に、あの~三沢さんよろしくお願いします。って握手した時に瞬間にもう音楽が鳴ってヤベェ~と思って・・・。」じゃぁテレビで見ると冷静な顔してますけど、実はドキドキ物だったんですね?「アセってた(会場爆笑)。」あの~ビデオに撮った方、もう一回観て下さい。

・でまぁ翌日病院行ってさっき仰ってましたけど、そういう状況になり、一応今回ツアーに帯同することになった訳ですが、ソレを決めた理由はなんですか?「ん~本当はねこう休んだ方がいいとか色々そういう意見もあったんですけども、今回試合~に自分が出る、ツアーに行くという話をしてましてやっぱり~あの~いきなりそれで行けないと言うのは、やっぱりチケットを買ってくれたファンのみんなに悪いなと思いまして、今回はあの~行きたいと出るという事で、やっぱり買ってくれた人もいるんで、やっぱり今から休むって訳にはいかないんで、試合が出来なくても行きたいという話をしました。まぁあの~そんな感じやな・・。」

・で、え~~一応バーニングは消滅したんですか?「え?(会場爆笑)」あの~菊池さんが新聞の記事を見て凄いショックを受けてたんですけど「そう武道館でね、俺んとこ来て・・」凄く落ち込んでましたよ。「(菊地のモノマネ)マヂ?(会場笑)・・菊地さんのマネしたんだけみんな判ってくれた?(再びモノマネ)コバちゃん、ホント?この記事?」でバーニングは消滅したんですか?「(小さく)うん」した訳ですね「いや・・俺一人・・で、小林にね、お前~付き人クビ、って言ったの。」そしたら?「イヤです。」じゃKENTA君はバーニングじゃないんだけど付き人なんですか?「イヤ、アイツもバーニング。(会場笑)」俺一人って言ったじゃないですか?「いやそういう細かい事はイイんですよ。」あぁ菊地さんの前では一人なんだ。「ん?」菊地さんのいない所じゃKENTAもバーニングなんだ。「イヤでもねぇ菊地さんも小林にね言ってた。(三度モノマネ)お前どうやって残ったんだよ~(会場爆笑)・・でもねぇ、菊池さん~はまだ戻る可能性もありますよ、なんでかって言ったらその~こないだ武道館で試合を見てたんですけどもあぁいう菊地さんだったらね、また組んでみたいなと思うし、なんか俺が休んでから、なんかこう・・なんて言うのかな、楽な方にいこうとして・・その気持ちが見えなかった部分があったんでチョットそのままじゃ、やっぱりチョット組めないと。リキもあぁいうふうになりましたし。」

・じゃ新たにまた戻った時に作っていくと。「そうですね。まぁ菊地さんなんかはね、凄くそういうファイトを見してくれたらね、本当に何時でも、また組みたいと思うし。」リキさんとはどうなんですか?「ま、リキはチャンピオンになってしまいましたしね。うん、まぁ今やる方がいいかなっと・・まぁまた組むかどうかは判らないですけど、まだもう今試合やっていくべきだと思いますし。」

・ではそろそろ時間の方が迫って来ましたので簡単に質問のある方いらっしゃいますか?
・十年前の雑誌インタビューで、結婚は十年くらい先かな~って仰ってましたがどうなんでしょうか?「そんな事言ってました?・・・あのねぇあの~28までは結婚したらダメっつって馬場さんに言われてたんですよ。付き人付いてる時から。28までは絶対結婚するなと。あの~それはもちろん、結婚しても責任は取れないだろうし、社会的にも経済的にもダメだと・・28までは一人の男として認められるまではダメだと強く言われて、そうか・・と・・前、三沢さんと話した時に、三沢さんもそう言われてたらしい。28歳までは結婚するなと・・その28というのは何なんだと(会場笑)・・よくわかんないんですけど、三沢さんは28まで結婚するなと言われたんですけど26位で結婚して、俺には関係無いよ~とか言ってました。俺はその~約束を守ろうと思った訳では無いんですけど・・んあの~30過ぎたらそのままズルズルっと・・だから予定は無いですね。正直な話。」別に渕さんを目指してる訳じゃないですよね?「いや・・それは。まぁあの~ね、まぁ早くそういう話が皆様にできればいいんですけど、まだ予定が無いんで・・。」

・じゃまぁ他団体の人の名前を出したのでウチの団体の人の名前も出しておかないと・・泉田さん目指した訳じゃないですね?「泉田はねぇ僕より一つ上なんですけど、う~ん・・アイツは無いな。」どうでしょ?「無い無い。」いやワカンナイですよ。「あのね俺と同級生って結構、結婚してない。小川さんもそうだし、あの昔よく使ったネタなんですけど、まぁ全日本プロレスに残った木原リングアナは、同級生なんですけど彼は結婚できない。と(会場笑)結婚しない人多いですね自分の歳で。」しないんですか?できないんですか?「いや~別にしない訳じゃないんですけどね、小川さんもこないだ結婚について語りあったんですけど(会場笑)まぁ・・結婚できない訳じゃ・・なんかこう・・こればっかりはねタイミング・・。」

・ハッキリ言っといた方がいいですよホモではないっと(会場笑)「・・こないだねぇ(真面目口調に会場笑)こないだねぇあの~練習行った時、ジムの会員さんがいて、あの~小橋さんホモっていう噂が・・(会場笑)・・またかよ~っと思って。」昔っからありますよね、社長とホモとか(会場笑)秋山選手とホモっていう噂もありました。菊地さんとは不思議と無いですよね。「そうなんだよね。」菊地さんとの方が関係深いのにね。「菊地さんはねぇ、やっぱり・・あと金丸を食ったとか、多分みんな小林食ってると思ってる。だから残ってるんだろ~とか思ってると思うんだけど。」それで菊地さん捨てたんですか?「いやいや~タイプじゃなかったとか。・・・こんな事言ったら本当に信用されたら困るから・・」

-撮影会開始-
サイン会終了後、小橋選手との撮影会が始まりました。前の席から順に小橋選手の膝の状態を考慮して順番に椅子に座っての撮影開始です。みなさんカメラを西永レフェリーに預けて小橋選手の横に座って握手してパシャリ!順番待ち中に何度か小橋選手のアップを持ってきたデジカメに収めようと撮影。ウム電池に問題なし、設定に問題なし。・・・・が・・しかし、実際に私の番になり西永レフェリーにカメラを私撮影。あれっ?フラッシュが点かない。西永レフェリーもう一度シャッター押してくれますがやはり点かない。みなさん順番待ちしてるし、写ってなかったらその時はその時と思ってカメラを受け取ると、小橋選手が「確認した方がいいよ!」と優しい声をかけてくださりました。で、ちっこいモニタで確認すると大丈夫なようです。家に帰ると残念ながらピンボケ画像でした。ロクに使ってないけど買い換え時かな。帰るとき2/17武道館大会のポスターを受け取り帰宅の途に就きました。小橋選手、スタッフの皆様、参加された皆様、そして

  長くて読みにくい文章、ここまで読まれた方、お疲れ様でした。 以上です。

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